大判例

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岡山地方裁判所 昭和40年(ワ)609号 判決

原告

硯文雄

代理人

名和駿吉

被告

落合町

外一名

代理人

笠原房夫

主文

一、被告らは各自原告に対し金一二一万七、八一七円およびこれに対する昭和四〇年一二月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分しその一を原告、その余を被告らの負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

(一)  (原告)

被告らは原告に対し各金五〇〇万円およびこれに対する昭和四〇年一二月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  (被告)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、請求

(一)  原因原告はその住所地において養鶏業を営むものであるが、被告らは昭和三八年六月一一日共同で原告住所地周辺の田圃害虫駆除のためヘリコプターによる農薬散布を実施した。

(二)  被告らは、右農薬散布に際しヘリコプターが鶏舎上空を低空で飛行すれば鶏舎中の鶏がその爆音に驚き卵墜または卵巣委縮の症状を呈し、産卵能力が劣ることとなるばかりか廃鶏になることが明らかであり、かつ原告は被告らが上空飛行を回避する目的とするために各養鶏家らに配布した黄色の旗三本を被告らの指示どおり鶏舎の周辺に高さ一五米の竹竿に取付けて設置していたのであるから飛行に際し十分これに注意して原告の鶏舎上空の低空飛行を回避すべきであるのに、これを怠り、原告の鶏舎上空を低空で約六回、さらに鶏舎より約一〇米の至近距離を一回旋回して飛行したことにより、原告の鶏舎中に飼育していた種卵を主とした鶏約二、一〇〇羽がヘリコプターの爆音に驚き卵墜症状、卵巣委縮を惹起しその約九割が産卵せずに廃鶏となり、種卵用のものは食卵とせざるをえないこととなつた。

(三)  原告の受けた損害はつぎのとおりである。

従来原告は種卵、食卵、鶏糞等の出荷により年間少なくとも一四〇万円の純益をあげていたが、鶏を含む養鶏施設の価格は、右年間の純益の一〇倍に相当するので、少なくとも一、四〇〇万円というべきであるところ、前記被告らのヘリコプター低空飛行の行為により右養鶏施設の全てが破壊され尽す結果となつた。

(四)  以上の理由により原告は被告らに対し被告らの共同不法行為による損害賠償として各自金一、四〇〇万円を支払うことを請求する権利を有するところ、本訴においては被告らが各自その内金五〇〇万円および前記不法行為日後たる昭和四〇年一二月一六日から完済に至るまで民事法定利息年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

三、答弁

請求原因事実中(一)の記載の事実は認めるが、その余は否認する。すなわち、被告らが養鶏家に配布した黄色の旗は農薬による被害を避けるためであつて、ヘリコプターの爆音による被害を避けるためではない。さらに、原告の鶏舎上空を飛行した事実はないが、仮にあるとしてもその回数は原告の住所地を含む西河内地区の地形および面積から考えて多くても二ないし三回であり、かつ、原告と同様の飛行影響下にあると思われる他の養鶏家には何ら爆音による損害がないのであるから、原告だけが爆音による損害を受けるはずがない。さらに、原告の鶏舎の総面積は約六五坪であるので、飼育羽数の最大限は成鶏一、四〇〇羽位であり、成鶏二、一〇〇羽を原告が飼育していたとはとうてい考えられない。また、過去にヘリコプターによる農薬散布に伴う爆音の被害例が知られていなかつたので、被告らに故意または過失がない。

四、証拠〈略〉

理由

一原告がその住所地において養鶏業を営むものであり、被告らは共同で昭和三八年六月一一日原告住所地周辺の田圃に害虫駆除のためにヘリコプターによる農薬散布を実施したことは、当事者間に争いがない。

二まず、被告らの実施した農薬散布の態様について検討する。〈証拠〉を総合すると、被告らは落合町農薬空中散布推進協議会の名称をもつて他の四つの構成員とともに右同日ヒメトビウンカの防除のためマラソン粉剤の空中散布を実施したものであるが、その頃阪急航空株式会社からJA第七〇九九号ヘリコプター一台をチャーターし、同町内二個の基地のうちの一つである第七基地を原告住所地から西方約四〇〇米の地点に設置し、午前六時一一分から同九時三三分まで前後の確認飛行の他一七回に亘り散布飛行を行つたこと、その飛行間隔は約五〇米で飛行高度はとくべつの障害がなければ一〇ないし一五米の高度であつたこと、が認められ、格別右認定に反する証拠はない。そして、〈証拠〉を総合すると、原告は母屋の南西側に二棟の、町道を隔てた南東側に二棟の鶏舎を設置していること、被告らの飛ばした農薬散布用のヘリコプターは右同日午前六時すぎ頃から約三〇分余の間に少なくとも六回原告の住所地鶏舎上空を高度約八ないし九米で飛行したこと、いずれも東から西へ向けての飛行であつて散布後の帰りの飛行であつたこと、この低空飛行により原告の鶏舎中に飼育していた鶏が爆音で驚き、ケージの溶接部分が処々にこわされるほど騒いだこと、とくにその現象は南東側の群飼ケージにおいて強かつたこと、原告の住所地附近の地形は田圃の多い盆地でヘリコプターが八ないし九米の低空で飛行することにとくべつの支障がない状況にあること、が認められる。

「河原地区の農薬散布について」と題する書面および地図には、当日散布にあたるヘリコプターの飛行コースとして、予め原告の住所地の鶏舎および他の一ケ所の上空は迂回して旋回するよう指示されていたかの如き記載があるが、右乙第一三号証の三には「西、東風の場合地図に記入した要領で散布飛行を実施します。多分此の様に散布したと思います。」という記載もあることから考えると、前記地図の記載自体が現実に飛行した跡を忠実に記録したものとは解しがたいばかりか、その地図の記載は専ら農薬散布の終了に至るまでの飛行を記したもので、散布終了後帰途の飛行についてまで記したものとは、右文書全体の趣旨から解しがたいので、結局、前記乙第一三号証の四の記載は前記認定を覆すに足りない。その他、以上の認定に反する証拠がない。

三つぎに損害の発生について検討する。〈証拠〉を総合すると、原告の鶏舎中の鶏は前記被告らの農薬散布の日の直後から産卵がかなり減少し、衰弱が目だつて来て殆んど回復不能のまゝ相当数廃鶏として処分せざるをえなかつたこと、衰弱している鶏を解剖した結果、卵墜症の症状を呈していたこと、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠がない。

四さらに前記被告らのヘリコプターによる農薬散布と原告における右損害の発生との間に因果関係が存するか否かについて検討する。〈証拠〉によると、鶏は様々な刺戟に対し敏感であり、昭和三七年京都府下で爆音によるショック死、腹の中で卵がつぶれた事例の他、いくつかの騒音による鶏の被害の事例がみられること、卵墜症は外部から刺戟が加わり輸卵管の機能に障害を来たし卵が異物となつて腹腔内に残り腹膜炎や腹水症を起すもので、それはヘリコプターの低空飛行の爆音によつても起りうること、が認められる。

右認定事実に前記第二、三項における各認定事実を加えて検討すると、原告の鶏に生じた産卵の減少および廃鶏の損害は、被告らの実施したヘリコプターの低空飛行の爆音により生じたものである、と断定せざるをえない。

(反証排斥)〈証拠〉には、原告の住所地の周辺の養鶏家に前記ヘリコプターによる被害がなかつた、旨の記載ないし供述があるが、それ自体前記認定事実に照し必ずしも措信するに価しないばかりか、仮にその記載ないし供述が真実に合するとしても、前記の認定のように鶏が刺戟に対し極度に敏感であること、たまたま原告の鶏舎の真上を低空で飛行したというまれな事実とが重なり合つて前記のような鶏の騒ぎが生じたとも考えられるので、右記載ないし供述は前記認定を左右するに足りない。さらに、昭和四二年六月二八日付岡山県農林部農産園芸課長作成の調査嘱託に対する回答書には、なるほどヘリコプターによる農薬散布後の被害の申出がない旨の記載があるが、だからといつてこれを本件の前記原告の被害を否定するに足りる証拠とはなしがたく、また同年一二月一八日付岡山県養鶏試験場長の各調査嘱託に対する回答書にはヘリコプターによる被害は不明である旨の記載があるだけであるので、これまた、原告の被害を認める妨げとはならない。その他に以上の認定を覆すに走りる証拠がない。

五ヘリコプター飛行により原告に損害を与えたことにつき被告らに故意または過失があつたか否かを検討する。〈証拠〉を総合すると、被告らは前記ヘリコプターによる薬剤散布に先だつてそれに伴う被害防止のために岡山県の実施要領にしたがい、農家組合、農協青壮年部、班長等を集めて被害予防に関する注意をなし、各部落では部落会を開きパンフレットを配布し、さらに広報車、有線放送等により周知徹底をはかり、上空飛行を回避すべき家庭には黄色の旗を配布して実施日に高い棒にくくりつけるよう指示し、原告においても実施要領を周知しかつ三本の黄色の旗の配布を受けたこと、しかし、右の実施要領なるもの自体が農薬の被害に主眼点がおかれ、ヘリコプターの爆音による被害についてはとくべつな配慮がなく、実際実施の直接の衝に当つた係員はヘリコプターの操縦士に対して農薬の被害予防については注意したものの、ヘリコプターの爆音の被害防止についてまで注意を促さなかつたこと、他方、該地区の養鶏家の間ではヘリコプターの爆音による被害が一応予想されていたこと、前年度たる昭和三七年度においてもヘリコプターによる農薬散布を実施したがその爆音による被害の申告が一件もなかつたこと、が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の認定事実に前記第二項以下の認定事実を加えて検討するとき、被告らはヘリコプターによる農薬散布の実施にあたつては、その農薬による被害のみならず爆音による被害をも予測しかつこれを防止する措置に出ずる義務があるのに、前年度に爆音の被害がたまたまなかつたことや県の実施要領に爆音に対する配慮が乏しかつたことなどのゆえに、漫然とこれを怠り、前記認定のとおり農薬散布後の帰途の飛行において原告の鶏舎の真上を低空にて飛行せしめたものとして、本件飛行の爆音による原告の損害につき過失の責任があるというべきである。

被告らは、ヘリコプターによる農薬散布に伴う被害の実例が知られていなかつたので被告らに故意過失がない、と主張するけれども、事はヘリコプターに限らないのであつて、一般に爆音ないし騒音による人畜の被害は本件の農薬散布の実施当時においては通常人ならば十分に予想できたはずであり、ヘリコプターに限つて被害事例がないからといつて、本件において故意過失の要件が欠けるとはいえない。また、〈証拠〉には、被告落合町農業協同組合の職員たる押目達也が前記農薬散布の日の前日に原告方を訪れて被害予防を注意したところ、原告が単飼ケージのみ鶏の足羽を繩で固定すると述べ、実施当日朝も同様に訪ねたところ原告が同様の話をした旨の供述ないし記載があり、そのとおりであれば、被告の過失が否定または少なくとも減殺されると考えるべきであるけれども、右の供述ないし記載は、その内容自体不合理であるばかりか、原告本人尋問の結果(第一回)によつて認められるように爆音の被害が予想されるのは単飼ケージよりもむしろ群飼ケージの方であること、前記認定のとおり実際に被害が大きかつたのは南東側の鶏舎の群飼ケージであつたこと、の事実に照し、にわかに措信しがたい。

六そこで原告の受けた損害額について検討する。〈証拠〉を総合すると、つぎのことが認められる。

原告は被害当時少なくとも一、五〇〇羽の成鶏を飼育していたところ、当時の成鶏の時価は一羽安くても一、二〇〇円を下ることがないと認められるので、これを右全羽数に乗じると右全羽数の時価は金一八〇万円となること、被害を受けた月の前後の月の食、種卵の出荷状況から、被害前の月を一〇〇パーセントとして、被害後の月の減収率を算出すると、八六、三七パーセントとなること、右金一八〇万円の八六、三七パーセントは金一五五万四、六六〇円となるので、右同様の減収率と右当時の飼育全羽数とから、廃鶏の数を算出し、廃鶏一羽の処分価格が高くても二六〇円を越えなかつたと認められるので、この廃鶏一羽の価格を右廃鶏全羽数に乗じると金三三万六八四三円となるので、これを右金一五五万四、六六〇円から差引くと、金一二一万七、八一七円となる。これが原告の受けた被害の総額である。

これに反する乙第一一号証の一、二(農業所得調査表)の飼育鶏数の記載はその調査表の性質上通常実際よりも少ない数字が記載される結果となるであろうことが考えられるので、不正確たるを免れず、右認定を左右する証拠とはなしがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

七以上の理由で、被告らは共同不法行為者として原告に対し各自金一二一万七、八一七円および不法行為日後たる昭和四〇年一二月一六日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。それゆえ原告の本訴請求は右の限度で正当であるので、その限度でこれを認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九二条、九三条を適用し、これを二分しその一を原告の、その余を被告らの各負担とし、主文のとおり判決する。(五十部一夫 東孝行 大沼容之)

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